冷泉の息女であると吹聴《ふいちょう》した。式部自身はその家来と名乗っていた。妹は腰元の藤江に化けていた。この大胆な計画が予想以上に成功して、迷信の強い江戸の人々を見事に瞞着しているうちに、ここに一つの障碍《しょうがい》が起った。それは炭団伊勢屋の息子が母の祈祷をたのみに来たことであった。
母の祈祷だけで済めば、何事もなかったのであるが、伊勢屋が裕福であることを知っている式部は、更にお万に入れ知恵をして息子の久次郎をも釣り寄せることを巧らんだ。久次郎は果たして釣り寄せられて来たが、それが単に信仰ばかりではないらしく見えた。式部はそれを薄々承知のうえで、いろいろの口実を設けて少なからぬ奉納金を幾たびも巻きあげた。
それで済めばよかったのである。式部に取ってはむしろ思う壺にはまったのであったが、だんだん時日を経るあいだに、お万の魂もいつか権十郎息子の方へ引き寄せられてゆくらしく見られて来たので、それに気がついた式部は今更にあわてた。それにはまた二様の意味があった。第一には商売の妨げになることで、尊い行者がその信者と恋に落ちたなどということが世間に洩れた暁には、たちまちその信用を落すのは判
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