というわけには行きませんが、少しは種を洗い出して来ました」と、多吉は得意らしく云った。
「まあ、聴いておくんなせえ。その行者というのはまったく十七八ぐらいに見えるそうです。すてきに容貌《きりょう》のいい上品な女で、ことばも京なまりで、まあ誰がみてもお公家さまの娘という位取りはあるそうですよ。なんでも高い段のようなものを築いて、そこへ御幣《ごへい》や榊《さかき》をたてて、座敷の四方には注連《しめ》を張りまわして、自分も御幣を持っていて、それを振り立てながら何か祷《いの》りのようなことをするんだそうです」
「どんな祷りをするんだろう」
「やっぱり家運繁昌、病気平癒、失《う》せもの尋《たず》ねもの、まあ早くいえば世間一統の行者の祈祷に、うらないの判断を搗《つ》きまぜたようなもので、それがひどく効目《ききめ》があるというので、ばかに信仰する奴らがあるようです。なんでも毎日五六十人ぐらいは詰めかけるといいますから、随分|実入《みい》りがあることでしょう。祈祷料は思召《おぼしめ》しなんですけれど、ひとりで二|歩《ぶ》三歩も納める奴があるそうですから、たいしたものです」
「それはまあそれとして、その行者は工面《くめん》のよさそうな信心ものを奥へ連れ込んで、なにか秘密の祈祷をして多分の金を寄進させるというじゃあねえか。それはどうだ」
「それもあるらしいんです」と、多吉はうなずいた。「だが、それはいっさいの秘密の行法《ぎょうほう》で、うっかり口外すると一年|経《た》たねえうちに命がなくなると嚇《おど》かされているので、誰もはっきりと云うものがねえそうです。それに、その秘密を行なうのはいつでも夜なかときまっていて、どこの誰が秘密の祈りをして貰ったということが他人《ひと》に知れると、その験《げん》がないというので、秘密の祈りを頼むものは世間がみんな寝静まった頃に、顔を隠したり、姿を変えたりして、そっと裏口から出入りをしているので、誰だかよく判らないということです。行者の奴め、なかなかうまく考えたもんですよ」
「むむ」と、半七は又かんがえた。「そのほかに何か浪人らしい者の出這入りする様子はねえか」
「それは聞きませんでした」
「行者の家には、当人のほかにどんな奴らがいる」と、半七は訊いた。「なにか、弟子のような者でもいるのか」
「五十ばかりの男と、十五六になる小娘と、ほかに台所働きのような女が二人いるそうですが、台所働きはこのごろ雇った山出しの奉公人で、祈祷の方のことは一切《いっさい》その男と小娘とが引き受けてやっているんだそうです」
 多吉の報告はそれだけであった。

     二

 あくる朝になって源次が来た。
「親分。多吉さんの方で面白いことが手に入りましたかえ」
「面白いというほどのことも判らねえが、まあ少しばかり眼鼻をつけて来た。そこで、おめえの方はどうだ」と、半七はすぐに訊いた。
「わたくしの方でも取り立ててこうというほどの種は挙がりませんが、唯ひとつ、妙なことを聞き出しましたよ。葺屋町《ふきやちょう》に炭団《たどん》伊勢屋という大きい紙屋があります。何代か前の先祖は炭屋をしていたとかいうので、世間では今でも炭団伊勢屋といっているんですが、地所|家作《かさく》は持っていて、身上《しんしょう》はなかなかいいという評判です。その伊勢屋の息子が此の頃すこし乱心したようになって……。息子は久次郎といって、ことし二十歳《はたち》になるんですが、俳優《やくしゃ》の河原崎権十郎にそっくりだというので、権十郎息子というあだ名をつけられて、浮気な娘なんぞは息子の顔みたさに、わざわざ遠いところから半紙一帖ぐらいを伊勢屋まで買いに来るようなわけで、かたがた其の店も繁昌していたんですが、例の行者のところへ行って来てから、なんだか少し気が変になったというんです」
「その息子も祈祷をたのみに行ったのか」
「久次郎のおふくろというのが、その春の末頃から性《しょう》の知れない病気でぶらぶらしているので、茅場町に上手な行者があるという噂をきいて、一度見て貰いに行ったのが病みつきになってしまったんです」
 久次郎も世間の噂に釣り込まれて、最初は半信半疑で母のお豊を連れてゆくと、神のように美しい行者はお豊をひと目見て、これは怪しい獣《けもの》の祟りである、自分の祈祷できっと本復させてやると云った。久次郎もそれを信用して、なにぶんお頼み申すと云うと、行者はお豊を神壇の前に坐らせて、一種のおごそかな祈祷を行なってくれた。その効験は著しいもので、お豊はそのあくる朝から神気《しんき》がさわやかになって、七日ほどの後には元の達者なからだに回復した。それだけでも、伊勢屋一家の信仰を買うには十分であって、伊勢屋からは少なからぬ奉納物を神前にささげた。取り分けて久次郎は美しい行者を尊崇した
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