井戸端で啖い殺されていた。勿論それも同じ鬼娘の仕業《しわざ》であることに決められてしまった。
諸人の不安がだんだん募って来た時、鬼娘は更に第三の生贄《いけにえ》を求めた。それは庄太のとなりに住んでいるお作という娘であった。庄太の家はかの酒屋から遠くない露路のなかで、そこには裏店《うらだな》としてやや小綺麗な五軒の小さい格子作りがならんでいた。庄太の家は露路の口から四軒目で、隣りの長屋にお作という娘が母のお伊勢と二人で暮らしていた。その奥は空地になっていて、そこには大きい掃溜《はきだ》めがあった。昔から栽《う》えてある大きい桜が一本立っていた。お作は浅草の奥山の茶店に出ているが、そのほかに内々で旦那取りをしているとかいうので、近所の評判は余りよくなかった。そんな噂もあるだけに、母子《おやこ》はいつも身綺麗にして、不足もないらしく暮らしていた。隣り同士でもあり、殊に庄太の商売を知っているので、お作親子はふだんから愛想よく彼に附き合って、いろいろの物をくれたりした。
お作が啖い殺されたのは、ゆうべの六ツ半(午後七時)を過ぎた頃であった。いつもの通りに奥山の店から帰って来て、かれは台所で行水《ぎょうずい》を使っていた。母のお伊勢は小さい庭にむかった奥の縁側で蚊いぶしをしていると、台所で娘の声がきこえた。お作は何者かを咎めるような口ぶりで、「誰、そこから覗くのは誰」と云っているのが耳にはいったので、おそらく近所の若い者が戯《からか》ってでもいるのであろうと思いながら、お伊勢は蚊いぶしを煽いでいる団扇《うちわ》の手をやめて、台所の方を見かえると、うす暗いところに一人の女が立っている姿がぼんやりと浮かんで見えた。女は白地の手拭をかぶって、おなじ白地の浴衣を着ているらしかった。お作はまた咎めた。
「なにを覗いているのよ、おまえさんは……」
その声が終らないうちにお作はきゃっ[#「きゃっ」に傍点]と叫んだ。おどろいてお伊勢は台所へ駈け付けてみると、赤裸《あかはだか》の彼女は大きい盥《たらい》からころげ出して倒れている。お伊勢は再び奥へ引っ返して、行燈を持ち出して来た。その灯に照らされた行水の湯は真っ紅に染まっていて、それが娘の喉からあふれ出る血であることを知った時に、お伊勢は腰をぬかすほどに驚いた。かれは表通りまで響くような声をあげて人を呼んだ。
近所の人達もすぐに駈け付けた
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