うです、そうです」
かれが摺り寄ってささやくのを、半七は一々うなずきながら聴いていた。
「そうすると、さっきの約束通りにするかな」
「そうするよりほかにしようがありますまい」と、庄太も云った。「なにしろ確かな証拠を握らないじゃあ、あとが面倒ですからね」
「まったくだ。あとで世話を焼かされるのも困るからな。じゃあ、仕方がねえ。いよいよ一と汗かくかな」
「それほどのこともありますめえ」
「そうでねえ。むこうには怖ろしい味方が付いているからな」と、半七は笑った。「だが、まだ早い。隣りのとむらいの門《かど》送りでも済ませてから、まあ、ゆっくり出掛けるとしようぜ」
「ええ、暗くなるにはまだ間《ま》がありますからね。腹ごしらえでもして、ゆっくり出かけましょう」
「ちげえねえ。戦場だからな」
「鰻でも取りますか」
「それがよかろう」
鰻の蒲焼を註文して、二人は早い夕飯を済ませると、七月の日もかたむいて来た。露路のなかはひとしきり騒がしくなって、となりの送葬《とむらい》もとどこおりなく出てしまうと、半七ひとりを残して庄太は再びどこへか忙がしそうに出て行った。あたりはだんだんに薄暗くなって、どこからとも無しに藪蚊のうなり声が湧き出して来たので、半七は舌打ちした。
「庄太の奴め、そそくさして、蚊いぶしを忘れて出て行きゃあがった。とてもやりきれねえ。そこらに道具があるだろう」
半七は台所へ行って、土焼きの豚をさがし出して来た。更にそこらを捜しまわって、ようやく蚊いぶしの支度をしたところへ、一人の男がたずねて来た。
「庄太さん。内ですかえ」
「あい、あい」と、半七はすぐに起って出た。「おまえさんは庄太にたのまれて来なすったんじゃあねえかね。わたしは半七ですよ」
「親分さんですか」と、男は会釈《えしゃく》した。「さっき庄太さんから話があったもんですから」
「どうも御苦労さん。おまえさんに少し手を貸して貰わなけりゃあならねえことが出来たんでね。まあ、おかけなせえ」
この男にも何かささやくと、かれは笑いながらうなずいた。
「大丈夫かね」と、半七は念を押した。
「まあ、うまくやりましょう」
「ここにいて藪蚊に責められているのも知恵がねえ。おまえさんが丁度来たから、もうそろそろ出かけるとしようか」
形ばかりに戸をひき立てて、内は留守だからと隣りの人にことわって、半七はかの男と共に露路を出る
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