いいぜ。わたしもここへ来たのが係り合いだ。まあ、なんとかみんなと話し合いをつけてみよう」
そのなかで重立っているらしい三、四人を、すこし距《はな》れた木のかげへ連れ込んで、半七は小声で注意をあたえた。いかに観音の寺内でも土地の者がみだりに刑罰を加えるのは穏当でない。万一あの中間が口惜《くや》しまぎれに舌でも食い切ったらどうするか。あるいは自分の部屋へ引っ返して大勢で仕返しに来たらどうするか。そんな事件が出来《しゅったい》した場合には、わたくしに刑罰を加えた人々は当然何等かの御咎めをうけなければなるまい。あれだけの仕置をしたらもう十分であるから、このままに免《ゆる》してやるのが無事であろうと、彼は云い聞かせた。相手が相手であるので、かれらももう逆《さか》らわなかった。中間は縄を解いて放された。
「こいつら、おぼえていろ」
睨みまわして立ち去ろうとする中間を、半七は呼び止めた。
「おめえ、それがおとなしくねえ。悪いことをして威張る奴があるもんか。まあ、黙って引き取りなせえ」
云いながら彼は中間の手に二朱の金をそっと握らせた。
「どうも済まねえ。いろいろ御厄介になりました」と、中間は顔の色を直して立ち去った。
「はは、これでいい。ついでと云っちゃあ済まねえが、ここまで来たからお詣りをして行こうよ」
大勢の挨拶をうしろに聞きながら、半七は観音堂の段をのぼって行った。参詣も済んで、横手の随身門を出ると、庄太があとから追って来た。
「親分。つまらねえ散財をしましたね。みんなもよろしく云ってくれと云っていましたよ。だが、だんだん聞いてみると、まったく今朝ばかりじゃあねえ、この頃はたびたび鶏を取っていく奴があるそうですよ。それだもんだからみんなも余計に憎しみをかけて、あんな仕置をするようにもなったんだから、親分にもよくその訳を云ってくれと頼んでいました」
「むむ」と、半七は笑いながらうなずいた。「あの中間はとんだ人身御供《ひとみごくう》だったな」
「そうでしょうか」
「一朱や二朱は惜しくねえ。これで大抵あたりも付いたようだ」
「あたりが付きましたかえ」
「だが、もう少し考えてみよう」と、半七はまた笑った。「まだほんとうにお膳立てが出来ねえからな」
庄太に案内させて、半七はまず馬道の鼻緒屋をたずねた。娘のお捨に逢って、このあいだの晩彼女が嚇されたという若い女の年頃や風俗につ
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