。
鶏をぬすんだ罪人の仕置は、まだこれだけでは済まない。彼は斯《こ》うしてここに半日晒しものにした上で、棒しばりにして広小路は勿論、馬道から花川戸のあたりまで、引き廻してあるくのであると彼等は云った。半七は顔をしかめた。
「そりゃあちっとむご過ぎるようだね。いくら寺内でしたことでも、土地の人達がそんなに勝手の仕置をするのはよくないだろう。なぜすぐ自身番へでも連れて行かないんですえ」
かれらは半七の顔を識らなかったが、それでも庄太の連れであるので、薄々はその身分を覚ったらしく、余計な世話を焼くなというような反抗の顔色も見せなかった。鶏をかかえている男は丁寧に答えた。
「それがおまえさん。今も云う通り、けさ初めてじゃあない。これまでにも度々盗んでいるんですからね。いや、まだここばかりじゃあない、この頃この近所でも、たびたび飼い鶏を取られるんですよ」
寺内の鶏をぬすみ、人家の鶏を盗み、その悪事重々の奴であるから、そのくらいの仕置は当然であるというような彼の口ぶりであったが、それならば猶更のこと、土地の者がわたくしの刑罰を加えるのはよくないと半七は思った。それを聴くと、今まで俯向いていた中間は俄かに顔をあげた。
「やい、やい、こいつら。さっきからおとなしくしていれば、図に乗って何を云やあがるんだ」と、かれは呶鳴った。「おれが取ったのはその鶏一羽だ。これまでに一度だって取った覚えはねえ。まして手前たちの飼い鶏なんぞは誰が知るもんか。きょうはおれ一人だから、こうして手籠めに遭っているんだ。部屋へ帰ったら、みんなを狩りあつめて来て片っ端から手前たちの頸を絞めて、骨は叩きにしてやるからそう思え」
「なにを云やあがるんだ。この狐野郎め」
二、三人が又なぐりに行こうとするのを、半七は制した。
「まあ、待ちなせえ。疵でも付けると面倒だ。そこでお中間、おめえはまったくこの一羽を取っただけかえ」
「あたりめえよ。部屋へ持って帰って、みんなで鍋焼きにしようと思っただけよ」と、中間は大きい眼をひからせて云った。「一羽でよせばよかったのを、もう一羽と長追いをしたのが運の尽きだ。おれは軍鶏屋《しゃもや》の廻し者じゃあねえ、そこら中の鶏を取って歩くものか。ばかばかしい」
かれは吐き出すように罵った。
「まあ、いい」と、半七はまた制した。「たとい一羽でも取った以上はおめえが悪い。まあ我慢するが
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