くし共に追い付かれて、もう一と足で黒門へ逃げ込むところを運悪く捕まったのですが、当人ももういけないと覚悟したものか、それとも転ぶはずみに我知らず咬んだのか、私が襟首をつかまえた時には、舌を咬み切って口から真っ紅な血を吐いていました。もとの女郎屋へ引き摺って来て、いろいろに手当てをしてやりましたが、もうそれぎりで息を引き取ってしまいましたよ。そういう訳ですから、死人に口無しで、お丸がなんと云って与之助から毒薬を受け取ったのか、その辺はよく判りませんでした」
「お丸のゆくえは知れなかったんですか」と、わたしは又訊いた。
「お丸はそれから何処をどうさまよい歩いたのか知りませんが、やっぱり上州の赤城の山のなかに素裸で死んでいたそうです。着物も帯も腰巻も無しで……。誰かに身ぐるみ剥《は》がれて、絞め殺されたんでしょう。死骸の二の腕に上州屋の息子の名前が彫ってあったので、お丸だということがようよう判ったのです。上州屋もそれがために飛んだ引合《ひきあい》を付けられて、ずいぶん金をつかったようでした。そんなわけで、舐め筆の娘との縁談も無論お流れになってしまいました。東山堂もそれからけち[#「けち」に傍
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