奉公人が暇を出されないというのも、うまく若旦那をまるめ込んでいるからであると、彼女の評判はさんざんであった。勿論それには女同士の嫉妬もまじっているのであろうが、大体に於いて弟の申し立てと符合しているのをみると、お丸という女が顔に似合わないふしだらな人間であるのは疑いのない事実であるらしかった。
 半七は下女の口から更にこういう事実を聞き出した。上州屋の女房は両国の薬種屋の媒介《なかだち》でここへ縁付いたもので、その関係上、多年親類同様に附き合っている。馬道からわざわざ薬を買いにゆくのもその為である。薬種屋には与之助という今年二十二の息子があって、上州屋へも時々遊びに来る。お丸がその与之助に連れられて、両国の観世物などを観に行ったことがあるらしいとの事であった。
 毒物の出所もそれで大抵判ったので、半七は又引っ返して両国へゆくと、宗吉は店さきに水を打っていた。息子らしい男のすがたは帳場には見えなかった。
「おい、若旦那はどうした」と、半七は宗吉に訊いた。
「わたしが番屋から帰って来たら、その留守にどこへか行ってしまったんです」と宗吉は云った。
 ほかの番頭に訊いても要領を得なかった。若主
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