、はははははは」
「どういう訳があるんです」
「そこには姉妹《きょうだい》の娘がありましてね。姉はその頃十八で名はおまん、妹の方は十六でお年《とし》と云っていましたが、姉妹ともに色白の容貌《きりょう》好しで……。まあ、そういう看板がふたり坐っていれば、店は自然と繁昌するわけですが、まだ其のほかに秘伝があるので……。誰でもその店へ行って筆を買いますと、娘達がきっとその穂を舐《な》めて、舌の先で毛を揃えて、鞘に入れて渡してくれるんです。白い毛の筆を買えば、口紅の痕までがほんのりと残っていようという訳ですから、若い人達はみんな嬉しがります。それが評判になって、近所のお寺の坊さんや本郷から下谷浅草界隈の屋敷者などが、わざわざこの東山堂までやって来て、美しい娘の舐めてくれた筆を買って行くという訳で、誰が云い出したとも無しに『舐め筆』という名を付けられてしまって、広徳寺前の一つの名物のようになっていたんです。その姉娘が急に死んだのですから、近所では大評判でしたよ」

 姉娘のおまんは急死したと披露されているけれども、どうも変死らしいという噂が立った。ここらを持ち場にしている下っ引の源次がそれを聞き
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