てしまおうとしたのでしょう。それがおかしいじゃありませんか。わっしの鑑定じゃあ、親達も薄々それを気付いているが、表向きにすりゃあ妹の首に縄がつく。看板娘が一度に二人も無くなって、おまけに店から引き廻しが出ちゃあ、もうこの土地で商売をしちゃあいられねえ。そこを考えて、もう死んだものは仕方がねえと諦めて、科人《とがにん》を出さねえようにそっと片付けようとしたんだろうと思います」
「それも理窟だ。じゃあ、ともかくもおめえは妹の方を念入りに調べ上げてくれ。おれは又、別の方角へ手を入れて見るから」
「ようごぜえます」
二人は約束して別れた。その明くる朝、半七が朝飯を食って、これからもう一度下谷へ行ってみようかと思っているところへ、源次が汗を拭きながら駈け込んで来た。
「親分、あやまりました。わっしはまるで見当違いをしていました。舐め筆の娘は、自分で毒を食ったんですよ」
「どうして判った」
「こういう訳です。あの店から、五、六軒先の法衣屋《ころもや》の筋向うに徳法寺という寺があります。そこの納所《なっしょ》あがりに善周という若い坊主がいる。娘の死んだ明くる朝にやっぱり頓死したんだそうで……。それが同じように吐血して、なにか毒を食ったに相違ないということが今朝になって初めて判りました。その善周というのは色の小白い奴で、なんでもふだんから筆屋の娘たちと心安くして、毎日のように東山堂の店に腰をかけていたと云いますから、いつの間にか姉娘とおかしくなっていて、二人が云いあわせて毒を飲んだのだろうと思います。なにしろ相手が坊主じゃあ、とても一緒にはなれませんからね」
「すると、心中だな」
「つまりそういう理窟になるんですね。男と女とが舞台を変えて、別々に毒をのんで、南無阿弥陀仏を極めたんでしょう。そうなると、もう手の着けようがありませんね」と、源次はがっかりしたように云った。
若い僧と筆屋の娘とが親しくなっても、男が法衣《ころも》をまとっている身の上ではとても表向きに添い遂げられる的《あて》はない。男から云い出したか、女から勧めたか、ともかくも心中の約束が成り立って、二人が分かれ分かれの場所で毒を飲んだ。それは有りそうなことである。二人がおなじ場所で死ななかったのは、男の身分を憚《はばか》ったからであろう。僧侶の身分で女と心中したと謳《うた》われては、自分の死後の恥ばかりでなく、ひいて
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