「わたくしが先ず住職の覚光に逢って光明弁天堂の善昌という尼がこの寺内にいる筈だから引き渡してくれと云うと、坊主も最初はしら[#「しら」に傍点]を切っていましたが、そんなら墓地の新らしい墓を掘らせてくれと云うと、坊主ももう真っ蒼になりました。善昌も覚悟したとみえて、この掛け合いのあいだに裏口からぬけ出そうとするところを、そこに張り込んでいた熊蔵に取り押えられました。こいつも強情で、最初はなんとか彼とか云い抜けようとしていました。木像に油の匂いがする、死骸の手にも油の匂いがする。墓地からはお国の首が出るというのですから、もう逃がれようはありません。とうとう恐れ入って白状しました。善昌は無論に獄門です。覚光も一旦は入牢《じゅろう》申し付けられ、日本橋に晒《さら》しの上で追放になりました。
 そこで、問題の蝶合戦ですが、善昌も覚光という相手が出来て、それに入れ揚げる金が要るので、なにか金儲けの種をこしらえようと思っているところへ、井伊大老の桜田事件などが出来《しゅったい》して、世間がなんだかざわ[#「ざわ」に傍点]付いているので、そこへ付け込んで今年もまた大騒動があるなどと触れ散らかし、祈祷
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