案の通りに信者はますます殖えてくる。万事がとんとん拍子に行って、弁天堂を立派に再建《さいこん》するほどの景気になったんですが、与次郎の代りにお国というものが出来て、これが時々無心に来る。しかしこれは女のことでもあり、自分も与次郎毒殺の一味徒党であるから、そんなに暴っぽいことは云わない。それで二人は先ず仲よく附き合っていたんですが、さらに一つの捫著《もんちゃく》が出来《しゅったい》したんです」
 ここまで話して来て、老人は息つぎの茶をひと口飲んだ。普在寺の覚光という若い住職を中心にして、尼と女髪結とのあいだに色情問題の葛藤が起ったらしいことを、私はひそかに想像していると、老人の説明も果たしてその通りであった。
「お国は勿論ですが、善昌も行儀のよくない奴で、うわべは殊勝《しゅしょう》らしく見せかけて、かげへ廻っては茶碗酒をあおるという始末。仲のいいお国は飲み友達で、夜が更けてからお国が酒や肴をこっそりと運び込んで、六畳の小座敷で飲んでいる。そればかりでなく、ふたりは花を引く。これは三人でないとどうも面白くないので、お国が善昌を誘い出して時々かの普在寺へ遊びにゆく。この寺の覚光という青坊主がまたお話にならない堕落坊主で、酒は飲む、博奕は打つ、女狂いはするという奴だから堪まらない。同気相求むる三人があつまって、酒を飲んだり、花をひいたりして遊んでいるうちに、善昌の金廻りのいいのを見て、色と慾とで覚光は係り合いを付けてしまった。覚光というのはまったく悪い奴で、尼と女髪結とを両手にあやなして、双方から絞り取った金で吉原通いをしている。このよし原通いのことはお国も善昌も知らなかったが、おたがい同士の秘密はいつか露顕したので、自然両方が角《つの》突き合いになったんですが、なにぶんにも善昌の方が、お国よりは女振りが少しいい上に、年も若い。おまけに金廻りもいいと来ているので、お国の方では妬《や》けて妬けてたまらない。善昌をつかまえて、さあ、覚光と手を切るか、さもなければお前がふだんの行状を残らず信者に触れて歩くぞと云って、うるさく責め付けるというわけです。
 しかし善昌も堕落坊主を思い切ることは出来ない。お国はいよいよ躍起《やっき》となって、どうしても男と手を切らなければ与次郎殺しの一件を訴人するから覚悟しろという、おそろしい手詰めの談判になって来たので善昌もいよいよ困った。勿論、お国
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