も本人の直筆でございますから、嘘はあるまいと存じましたけれど、なんだか不安にも思われますので、その日はもう日が暮れかかっているので止めさせまして、きのうの朝早く店の小僧の亀吉を一緒につけてやりました」
「よく気がつきました」と、半七はほほえんだ。
「まったくこういう時に、一人で出すのは不安心ですからね」
「左様でございます。それからもう八ツ(午後二時)を廻ったかと思う頃に、二人が、くたびれ切って帰ってまいりました。向島の奉公先というのがなかなか見付からなかったそうで、おまけに寮番の老爺というのがひどくむずかしい顔をして、そんな者はこっちに居ないとか云ったそうで……。まあ、いろいろ押し問答の挙げ句に、ようよう本人に会わせて貰ったのですが、お通は姉の顔をみるとわっ[#「わっ」に傍点]と泣き出して、もうこんな恐ろしい家《うち》には一日も奉公していられないから、すぐに暇を取って連れて行ってくれと云います。そんなことがむやみに出来るもんでありませんから、だんだん宥《なだ》めてその様子を訊きますと、なるほど変な家でございまして、お通でなくっても大抵のものは勤まりそうもない家だということが判りました
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