。「じゃあ、三島のお店からですか」
「左様でございます」
 云い切らないうちに、女は框《かまち》から片足おろして、いきなり彼の袖をつかんだ。
「それはこっちで訊きたいんです、伜はどこに居ります。良次郎はどこにいます」
 逆捻《さかね》じを食って少しあわてた半七は、わざと仰山《ぎょうさん》らしく驚いてみせた。
「おかみさん、飛んでもねえことを……。ここの家で知らないで、誰が知っているもんですか」
「いいえ、そうは云わせません。店で良次郎をどこへか隠しているんです。わたしはちゃんと知っています。お嬢さんと駈け落ちをしたなんて、嘘です、嘘に相違ありません。良次郎は御主人の娘をそそのかして淫奔《いたずら》をするような、そんな不心得な人間じゃありません。ここにいるお山《やま》はほんとうの妹じゃありません。もう一、二年経つと彼《あれ》と一緒にする筈になっているんです。そういう者がありながら、そんな不埒なことをするような良次郎じゃございません。第一あんな親孝行の良次郎が親を打っちゃって置いて、どこへか姿をかくす筈がありません。おまえさんの方で隠しているんです。さあ、どこにいるか教えてください」
 気違いのような権幕《けんまく》で責めたてられて、半七もいよいよ持て余した。
「まあ、待ってください。成程そんなことがあるかも知れませんが、私はまったく知らないんです。店の方から云い付けられて、ただ正直に出て来ただけのことなんです。じゃあ、良次郎さんはまったくこちらには居ないんですか」
「いませんとも……」と、女は声をうるませながら云った。「自分の方でどこへか隠して置きながら、白ばっくれて探しによこすなんて、あんまり人を馬鹿にしている。いいえ、こっちには確かな証拠があります。見せてあげるからお待ちなさい」
 女は奥の仏壇の抽斗《ひきだし》から一通の手紙を持ち出して来て、半七の眼さきへ突きつけた。すぐに受け取ってあけてみると、自分はよんどころない訳があって、三年のあいだは姿を隠している。三年たてばきっと帰ってくるから心配してくれるな。世間ではお嬢さんと駈け落ちしたなどと云い触らすかも知れないが、それにも訳のあることだから、お山にもよく云ってくれ。御主人の為と親の為とで斯《こ》ういうことをするのだから、かならず悪く思ってくれるなと書いてあった。
「この手紙に三十両のお金を付けて、人に頼んでそっ
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