いって来たという路すじを調べてみると、台所の柱に黒い手の痕のようなものが小さく薄く残っているのを見つけた。半七は懐ろ紙をとりだして綺麗に拭き取って、そばに立っている幸次郎にその紙をそっと見せた。
「こりゃあなんだ」
「鍋墨のようですね」
「向う両国に河童《かっぱ》は何軒ある」
「河童は……」と、幸次郎は考えた。「たしかに一軒だと思っています」
「それじゃ訳はねえ」と、半七はほほえんだ。「お前はこれからその小屋へ行って、河童を引き挙げて来い。だが、まだ少し時刻が早い。商売の邪魔をするのも可哀そうだから、もうちっと待っていると日が暮れるだろう。小屋の閉場《はね》るのを待っていて、すぐに河童をあげるようにしろ」
 幸次郎は心得て出て行った。半七は茶の間へ戻って、お浪にことわって仏壇から過去帳を出して繰ってみると、月の四日のところに釈寂幽信士と戒名が見えた。新兵衛が両国の川へ毎月放し鰻をするというのは四日である。この四日の仏が新兵衛になにか特別の関係をもっていなければならないと考えたので、半七はお浪に向って、この仏はここの家の何者だと詮議したが、お浪はそれを知らないと云った。しかし、ここの家に
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