半七捕物帳
お照の父
岡本綺堂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)河童《かっぱ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)なあ[#「なあ」に傍点]ちゃんが
−−

     一

「いつか向島でお約束をしたことがありましたっけね」
「お約束……。なんでしたっけ」と、半七老人は笑いながら首をかしげていた。
「そら、向島で河童《かっぱ》と蛇の捕物の話。あれをきょう是非うかがいたいんです」
「河童……。ああ、なるほど。あなたはどうも覚えがいい。あれはもう去年のことでしたろう。しかも去年の桜どき――とんだ保名《やすな》の物狂いですね。なにしろ、そう強情《ごうじょう》におぼえていられちゃあ、とてもかなわない。こうなれば、はい、はい、申し上げます、申し上げます。これじゃあどうも、あなたの方が十手を持っているようですね。はははははは。いや、冗談はおいて話しましょう。御承知の通り、両国の川開きは毎年五月の二十八日ときまっていたんですが、慶応の元年の五月には花火の催しがありませんでした。つまり世の中がそうぞうしくなったせいで、もうその頃から江戸も末にな
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