で、自分は勿論おとなしく帰る積りであったところが、扨《さて》いよいよ江戸へ出てみると土地が賑やかなのと、眼に見る物がみんな綺麗なのとで、なんだか酔ったような心持になって、これもむらむらと気が変になって、とうとう兄貴の二代目になってしまったんです。で、五月と六月のふた月はやはり竹槍を担《かつ》ぎ歩いていたんですが、さすがに悪いことだと気がついて、怱々に故郷へ逃げて帰りました。それでおとなしくしていれば、兄貴同様に無事だったんでしょうが、山へはいって猪や猿を突くたびに、なんだか江戸のことが思い出されて、とうとう堪え切れなくなって其の年の九月に又ぶらりと出て来ました。江戸の人間こそ飛んだ災難です。それでもいよいよ運がつきて、七兵衛に召し捕られてしまったんです。今までは誰も侍や浪人ばかりに眼をつけていたんですが、初めて竹槍ということを見付けだしたのが七兵衛の手柄でしょう。そのあいだに黒猫というお景物が付いたので、事がすこし面倒になりましたが、むかしの剣術使いなどのやりそうな悪戯《いたずら》です。はははははは。作兵衛は無論引き廻しの上で磔刑《はりつけ》になりました」
「その兄弟は猟師でしょう」と
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