年のわかい彼はそれを口惜しがって、その意趣返しに一度相手を弄《なぶ》ってやろうと思った。かれは家を出るときに黒い野良猫を絞め殺して、その死骸をふところに忍ばせていると、それがうまく図にあたって槍の穂先が駕籠を貫く途端に、身の軽い彼は早くも外へぬけ出して、身がわりの猫を残して行ったのである。
「とんだ悪戯《いたずら》をして相済まなかった。堪忍してくれ」と、俊之助は何もかも打ち明けて笑った。
「その後も毎晩お忍びでございましたか」と、七兵衛は訊いた。
「家へ帰って自慢そうにその話をすると、父からひどく叱られて、なぜそんな悪戯をする、いたずらばかり心掛けているから肝腎の相手を取り逃がすようにもなる。本気になって相手をさがせと厳しく云われたので、その後も怠らずに毎晩出あるいているが、月夜のつづくせいか、この頃はちっとも出逢わないで困っている」
「それは御苦労さまでございます。しかしもう御心配には及びません。その相手という奴は大抵知れました」
「むむ、知れたか」
この途端に足音をぬすんで近寄る者があるらしいので、油断のない二人はすぐに振り返ると、ひとりの大男が短い刃物をひらめかしていきなりに突
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