たそうだね。ほんとうかえ」
「へえ」と、勘次は不安らしくうなずいた。
「それがちっと面倒になっているんだ。気の毒だが、おれはお前を引っ張って行かなけりゃあならねえ」
七兵衛はまずこう嚇《おど》した。化け猫の風説はおまえと相棒の富松の口から出たに相違ない。奇怪の風説をきっと取り締れという町奉行所の御触れが出ている。そうして、その風説の張本人が辻駕籠の勘次と富松の二人とわかっている以上、自分はこれから二人を引っ立てて行って吟味をしなければならないから、そう思ってくれと云った。みだりに奇怪の風説を流布《るふ》したということになると、どんな御咎めを受けるか判らないので、勘次も女房も真っ蒼になった。
「でも、親分。そりゃあまったくのことなんですから」と、勘次は慄《ふる》えながら云った。
「そりゃあ俺も知っている。お前に迷惑をかけるのは気の毒だと思っている。就いてはそんな面倒は云わねえことにして、その代りに一つ御用を勤めてくれ。今夜の暮れ六ツが鳴ったら富松と一緒に駕籠をかついで俺の家まで来てくれれば、その時に万事の打合わせをする。いいか。頼んだぜ」
否応《いやおう》なしに承知させて、七兵衛は勘次にわかれて帰った。帰ると丁度かの岩蔵が来ていたので、七兵衛はこれを長火鉢の前によんで、馬道の勘次をたずねて来たことを話した。
「四の五の云うと面倒だから少し嚇かして来たから、相棒と一緒にきっと今夜来るに相違ねえ。ふたりに空駕籠をかつがせて、おれが付いて行ってみようと思う。化け猫釣りがうまく行きゃあお慰みだが……」
「そんな仕事ならほかの駕籠屋を狩り出した方がようがすぜ」と、岩蔵は云った。「あいつらは揃って臆病な奴らですから、なんの役にも立ちますめえ」
「でも、このあいだの晩の娘を乗っけたのは彼奴《あいつ》らだから、ほかの者じゃあ見識り人にならねえ。まあ、いいや。なんとかなるだろう」と、七兵衛は笑っていた。「それにしても民の野郎はどうしたろう。あいつに少し頼んで置いたことがあるんだが……」
「民の野郎はさっき来ましたよ。親分は留守だと云ったら、それじゃあ髪結床《かみいどこ》へ行ってこようと出て行きましたから、又引っ返して来るでしょうよ」
噂をしているところへ、民次郎という二十四五の子分が剃り立ての額《ひたい》をひからせて帰って来た。
「親分。お早うございます。早速だが、わっしの方はど
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