#「ほっ」に傍点]と息をついた。よく見ると、お雪も真っ蒼になって、今にも再び倒れそうにも思われたので、ともかくも家の中へ連れ込んで、ありあわせの薬や水を飲ませた。すこし落ち着くのを待って今夜の出来事を聞きただすと、それは又意外のことであった。
 今夜お雪が店先へ出ると、あとから若い者の長太郎がついて来て、少し話があるから表までちょいと出てくれというので、なに心なく一緒に出ると、長太郎は突然に短刀を抜いて彼女の眼の先に突きつけた。そうして、そこまで黙って一緒に来いとおどした。相手が鋭い刃物を持っているのにおびやかされて、お雪は声を立てることが出来なかった。両隣りにも人家がありながら、声を立てたら命がないとおどされているので、彼女は身をすくめたままで溜池のふちまで連れて行かれた。
 長太郎はあたりに往来のないのを見て、自分の女房になってくれとお雪に迫った。おどろいて返答に躊躇していると、長太郎はいよいよ迫って、もし自分の云うことを肯かなければ、おまえを殺してこの池へ投げ込んで、自分もあとから身を投げて、世間へは心中と吹聴《ふいちょう》させると云った。お雪はいよいよおびえて、しきりに堪忍して
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