うこのとおり、朝のお稽古を二人も片付けたんですよ。節季師走《せっきしわす》じゃありませんか」
「そんなに早起きをしているなら知っているのかえ。津の国屋の一件を……」
「津の国屋の……。どうしたんです。何かあったんですか」と、文字春は長火鉢の上へ首を伸ばした。
「とんでもねえことが出来てしまって、ほんとうに驚いたよ」と、兼吉も火鉢の前に坐って、まず一服すった。
「おかみさんと番頭さんが土蔵のなかで首をくくったんだ」
「まあ……」
「全くびっくりするじゃねえか。何ということだ。呆《あき》れてしまった」
兼吉は罵るように云いながら、火鉢の小縁《こべり》で煙管《きせる》をぽんぽんと叩くと、文字春の顔の色は灰のようになった。
「どうしたんでしょうねえ、心中でしょうか」と、彼女は小声で訊いた。
「まあ、そうらしい。別に書置らしいものも見当らねえようだが、男と女が一緒に死んでいりゃ先ずお定まりの心中だろうよ」
「だって、あんまり年が違うじゃありませんか」
「そこが思案のほかとでもいうんだろう。出入り場のことを悪く云いたかねえが、あのおかみさんも一体よくねえからね。いつかも話した通り、お安という貰い
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