足ならば望み通りにやる。年の暮には着物も買ってやる。こっちでは十分に眼をかけてやるから、せめて来年の暖くなるまで辛抱してくれと云われるので、こっちもさすがにそれを振り切って出ることも出来ないので困っていると、お角はしきりに愚痴をこぼしていた。かれが暇を願っているのは事実であるらしく、お雪も文字春のところへ来てそんなことを話した。お角はいい奉公人であるから、なんとかして引き留めて置きたいと阿母さんもふだんから云っていると、彼女はなんの秘密も知らないように話していた。
 自分が世話をした奉公人が評判がいいのは結構であるが、もし津の国屋の内輪《うちわ》にそんな秘密が忍んでいるとすれば、その奉公人を周旋した自分の身の上にどんな係り合いが起らないとも限らないと、文字春はそれがためにまた余計な苦労を増した。併しその後も別に何事もなしに過ぎて、今年ももう師走のはじめになった。底寒い日が幾日もつづいて、時々に大きい霰《あられ》が降った。
「おい、師匠。もう起きたかえ」
 師走の四日の朝、もう五ツ(午前八時)を過ぎたころに、大工の兼吉が文字春の家の格子をあけた。
「あら、棟梁。なんぼあたしだって……。も
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