けん》にしたこともあるだろうし、お安という娘もなかなか利巧者だから、親たちの胸のうちも大抵さとっていたらしい。それだから、いよいよ追い出される時には大変に口惜《くや》しがって、自分は貰い子だから実子が出来た以上、離縁されるのも仕方がない。けれども、ほかの事と違って、そんな淫奔《いたずら》をしたという濡衣《ぬれぎぬ》をきせて追い出すというのはあんまりだ。里へ帰って親兄弟や親類にも顔向けが出来ない。きっとこの恨みは晴らしてやるというようなことを、仲のいい老婢《ばあや》に泣いて話したそうだ」
「まあ、可哀そうだわねえ」と、文字春も眼をうるませた。「それからどうしたの」
「それから八王子へ帰って、間もなく死んでしまったという噂だ。今もいう通り、身を投げたか首をくくったか知らねえが、なにしろ津の国屋を恨んで死んだに相違ねえ。娘はまあそれとして、その相手と決められた屋根屋の竹の野郎がおとなしく黙っているのがおかしいと思っていると、それからふた月ばかり経《た》たねえうちに、ちょうど夏の炎天に出入り場の高い屋根へあがって仕事をしている時、どうしたはずみか真《ま》っ逆《さか》さまにころげ落ちて、頭をぶち
前へ
次へ
全72ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング