振りといい、なんだか薄気味悪くも感じたらしく、無言のままで、のそのそと表へ出て行ってしまった。
「やい、待て。野郎」
跳ね起きてそのあとを追おうとする辰蔵を、半七はまた押えた。
「おめえも大人気《おとなげ》ねえ。まあ、落ち着くがよかろう。こうして、お客様が二人はいって来たんだ」
無頼漢《ならずもの》でも博奕打ちでも、さすがに客商売の辰蔵は客に対して苦《にが》い顔をしているわけにも行かなかった。殊に相手の馬子は繋いである馬を解いて、そのまま出て行ってしまったので、彼は眼の前の客をかき退《の》けてそれを追ってゆくことも出来ないので、着物の泥をはたきながら急に笑顔を作った。
「どうも相済みません。飛んだところをお目にかけまして……」
「おめえは苦労人らしい。あんな馬子を相手にしてどたばたしちゃあいけねえ」と、半七は笑いながら床几に腰をかけた。
「まことに恐れ入りますが……」と、辰蔵は突ん曲がった髷《まげ》の先を直しながら云った。「懇意先に急病人が出来たというので、おふくろはその手伝いに行きましてね。もう午過ぎだというのに、まだなんにも支度がしてねえのでございますが……。まあ、お茶でも上が
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