しばらく躊躇していた。鳥さしはもう五十を二つも三つも越えているらしいが、背の高い、色の黒い、見るからに丈夫そうな老人であった。
 鳥さしはかけ蕎麦を註文して食った。半七も自分のまえに運ばれた膳にむかって、浅草紙のような海苔《のり》をかけた蕎麦を我慢して食った。そのいかにも不味《まず》そうな食い方を横目に視て、鳥さしの老人は笑いながら云った。
「ここらの蕎麦は江戸の人の口には合いますまいよ。わたし達は御用ですからここらへも時々廻って来るので、仕方無しにこんなところへもはいりますが、それでも朝から駈けあるいて、腹が空いている時には、不思議に旨く食えますよ。ははははは」
「そうですね。江戸者は詰まらない贅沢《ぜいたく》を云っていけませんよ」
 こんなところから口がほぐれて、半七と鳥さしとは打ち解けて話し出した。外の雨はまだ止まないので、二人は雨やどりの話し相手というような訳で、煙草を喫《す》いながらいろいろの世間話などをしているうちに、半七はふと思い出したように訊いた。
「おまえさんは千駄木だと仰しゃるが、御組ちゅうに光井さんという方《かた》がありますかえ」
「光井さんというのはあります。弥
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