きはありがとう」
女たちは無言で会釈《えしゃく》して別れた。村はずれまで来かかると、時雨《しぐれ》がとうとうざっと降って来たので、半七は手拭をかぶりながら早足に急いでくると、路ばたに小さい蕎麦《そば》屋を見つけたので、彼は当座の雨やどりのつもりで、ともかくも暖簾《のれん》をくぐると、四十ばかりの女房が雑巾《ぞうきん》のような手拭で濡れ手を拭きながら出て来た。
「いらっしゃいまし。おあつらえは……」
「そうさなあ」
云いながら半七は家のなかを見まわした。この小ぎたない店付きではどうで碌なものは出来まいと思ったので、彼は当り障りのないように花巻の蕎麦を註文すると、奥から五十ばかりの亭主が出て来て、なにか世辞を云いながら釜前へまわって行った。すすけた壁をうしろにして、半七は黙って煙草をのんでいると、外の時雨はひとしきり強くなって来たらしく、往来のさびしい街道にも二、三人の駈けてゆく足音がきこえた。と思ううちに、一人の男がこの雨に追われたように駈け込んで来た。
「やあ、降る、降る。こんな雨になろうとは思わなかった」
男の菅笠からはしずくが流れていた。かれは手甲脚絆の身軽な扮装《いでたち》
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