、吉見とお杉はゆうべここの家で逢った。けさになって吉見が帰ろうとするときに、一羽の鷹が降りて来て銀杏のこずえに止まったが、その足の緒が枝にからんで再び飛ぶことが出来なくなったらしい。それを見付けた吉見はすぐに梢によじのぼって、平生手馴れているだけに、無事にその鷹を捕えて来た。
それを郡代の屋敷へ届け出るか、または雑司ヶ谷へ持って帰るか、二つに一つの処置を取れば別に何事もなかったのであるが、そこで彼は辰蔵から或る知恵を吹き込まれた。この村に鷹を欲しがっている者がある。ないしょで彼に売ってやれば、大金になる仕事だと勧められて、ふところの苦しい吉見はふとその気になった。買い手はこの村の大地主の当兵衛というもので、わたくしに鷹を飼えば重罪ということを承知していながら、いつの代にも絶えない金持の僭上《せんじょう》から、自分も一度は鷹が飼ってみたいと望んでいることを、辰蔵はかねて知っていたので、とうとう吉見をそそのかして、百五十両でその鷹を当兵衛に売り渡すことに相談を決めたのであった。
その約束をして吉見は帰った。金はあした受け取ることにして、辰蔵はともかくもその鷹を当兵衛の家へ送り届けた。
「よし、すっかり判った」と、半七は二人の白状を聴き終って云った。「そんなら辰蔵、すぐに当兵衛の家へ案内しろ。お杉は家へ帰って神妙にしていろ」
辰蔵は先きに立って店を出ようとした時、半七は急に思い付いたように老人を見かえった。
「まだ少し趣向がある。出る前にその雀の羽を洗ってくれませんかね」
「承知しました」
鷹のありかもまず判って、俄かに元気のついた鳥さしの老人は、辰蔵に水を汲ませて、籠のなかの雀を一羽ずつ掴み出した。毎日手馴れている仕事であるから、雀の羽にねばりついていた鳥黐もたちまち綺麗に洗い落された。
「これで飛ぶには差し支えありませんね」と、半七は念を押した。
「きっと飛びます」
「これで支度が出来た。さあ、行きましょう」
三人はすぐに当兵衛の家をたずねた。大きい冠木門《かぶきもん》の家で、生け垣の外には小さい小川が流れていた。半七は立ち停まって辰蔵に訊いた。
「貴様はさっきその鷹を持って来たときに、主人に逢ったんだろうな」
「逢いました」
「その鷹はどうした」
「入れる籠がないとかいうので、ともかくも土蔵のなかへ入れて置くと云っていました」
「むむ、いずれ何処にか隠してあるに相違ねえ。ここの家に土蔵は幾つある」
「五戸前《いつとまえ》ある筈です」
半七は門の内へはいって、すぐに主人の当兵衛を呼び出した。
「御用がある。土蔵の戸前をみんな明けて見せろ」
当兵衛はおどおどしながら何か弁解しようとするのを、半七は追い立てるようにして、奥の土蔵前へ案内させた。御用の声におしすくめられて、当兵衛は五つの土蔵の扉を一々にあけた。
「大きい土蔵だ。一々調べてもいられめえ。もし、おまえさん。願いますよ」
半七に眼配せをされ、鳥さしの老人はすすみ出た。かの籠の中から二、三羽の雀をつかみ出して、扉の間からばらばら投げ込むと、第一第二の土蔵には何のこともなく、第三の土蔵も静まり返っていた。半七は注意して、第四と第五の土蔵の扉を半分閉めさせた。
老人の手から投げられた三羽の雀が第四の土蔵へ飛び込むと、やがてその奥であらい羽搏《はばた》きの音がきこえた。半七は老人と眼を見あわせて、すぐに扉のあいだから駈け込むと、うす暗い隅には鷹の眼が鋭くひかっていた。鷹はしきりに羽搏きして、そこらを飛びまわっている小雀を掻い掴もうと睨んでいるのであった。しかもその脚の緒が厳重に縛られているので、かれは思うがままに飛びかかることが出来ないらしい。心得のある老人は静かに進み寄って、その緒を解いてやると、鷹はすぐに飛びたって一羽の獲物を掴んだ。ほかの二羽は運よく表へ飛び去ってしまった。
こうして、鷹はおとなしく老人の拳《こぶし》に戻った。鷹は一面に白斑《しらふ》のある鳥で、雪の山と名づけられた名鳥であると老人は説明した。
これを表向きにすれば、大変である。
当兵衛は無論に死罪で、辰蔵も死罪をのがれることは出来まい。お杉は女のことであり、且つ直接の罪人でないから、あるいは処払いぐらいで済むかも知れないが、一旦その鷹を捕えながら更に他へ売り渡した吉見仙三郎は、不埒重々とあってどうしても死罪である。遊女屋に夜をあかして、おあずかりの鳥を逃がした光井金之助もおそらく切腹であろう。一羽の鳥のために、四人の人間が命を捨てなければならないかと思うと、半七もあまりに恐ろしくなった。殊に初めから内密に探索するのが趣意であるから、鳥が無事に戻ったのを幸いに、彼は当兵衛と辰蔵に云い渡した。
「みんな運のいい奴らだ。きょうのことは必ず他言するな。世間に洩れたら貴様たちの首が飛ぶぞ」
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