あるに相違ねえ。ここの家に土蔵は幾つある」
「五戸前《いつとまえ》ある筈です」
 半七は門の内へはいって、すぐに主人の当兵衛を呼び出した。
「御用がある。土蔵の戸前をみんな明けて見せろ」
 当兵衛はおどおどしながら何か弁解しようとするのを、半七は追い立てるようにして、奥の土蔵前へ案内させた。御用の声におしすくめられて、当兵衛は五つの土蔵の扉を一々にあけた。
「大きい土蔵だ。一々調べてもいられめえ。もし、おまえさん。願いますよ」
 半七に眼配せをされ、鳥さしの老人はすすみ出た。かの籠の中から二、三羽の雀をつかみ出して、扉の間からばらばら投げ込むと、第一第二の土蔵には何のこともなく、第三の土蔵も静まり返っていた。半七は注意して、第四と第五の土蔵の扉を半分閉めさせた。
 老人の手から投げられた三羽の雀が第四の土蔵へ飛び込むと、やがてその奥であらい羽搏《はばた》きの音がきこえた。半七は老人と眼を見あわせて、すぐに扉のあいだから駈け込むと、うす暗い隅には鷹の眼が鋭くひかっていた。鷹はしきりに羽搏きして、そこらを飛びまわっている小雀を掻い掴もうと睨んでいるのであった。しかもその脚の緒が厳重に縛られているので、かれは思うがままに飛びかかることが出来ないらしい。心得のある老人は静かに進み寄って、その緒を解いてやると、鷹はすぐに飛びたって一羽の獲物を掴んだ。ほかの二羽は運よく表へ飛び去ってしまった。
 こうして、鷹はおとなしく老人の拳《こぶし》に戻った。鷹は一面に白斑《しらふ》のある鳥で、雪の山と名づけられた名鳥であると老人は説明した。

 これを表向きにすれば、大変である。
 当兵衛は無論に死罪で、辰蔵も死罪をのがれることは出来まい。お杉は女のことであり、且つ直接の罪人でないから、あるいは処払いぐらいで済むかも知れないが、一旦その鷹を捕えながら更に他へ売り渡した吉見仙三郎は、不埒重々とあってどうしても死罪である。遊女屋に夜をあかして、おあずかりの鳥を逃がした光井金之助もおそらく切腹であろう。一羽の鳥のために、四人の人間が命を捨てなければならないかと思うと、半七もあまりに恐ろしくなった。殊に初めから内密に探索するのが趣意であるから、鳥が無事に戻ったのを幸いに、彼は当兵衛と辰蔵に云い渡した。
「みんな運のいい奴らだ。きょうのことは必ず他言するな。世間に洩れたら貴様たちの首が飛ぶぞ」
 
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