とうとうこんなことになってしまったんです。一旦は息を吹き返しましたけれども、なにぶんにも傷が重いので、夜の引明けにはやはり眼を瞑《つむ》ってしまいました」
「それで主人はどうしました」とわたしは訊いた。
「わたくしがいいように知恵をつけて、悪いことはみんな七蔵にかぶせてしまいました。まったく当人が悪いのだから仕方がありません。つまりその喜三郎というやつが七蔵の親類だというので、主人はそれを信用して臨時の荷かつぎに雇ったのだということにこしらえて、まずどうにか無事に済みました。ふだんの時ならば、それでも主人に相当のお咎めがあるんでしょうが、なにしろもう幕末で幕府の方でも直参《じきさん》の家来を大切にする時でしたから、何事もみんな七蔵の罪になってしまって、市之助という人にはなんにも瑕《きず》がつかずに済みました」
「それで、その喜三郎という奴のゆくえは知れないんですか」と、私は又きいた。
「いや、それが不思議な因縁で、やっぱりわたくしの手にかかったんですよ。小田原の方はまずそれで済んで、わたくしは多吉をつれて箱根へ行くと、となりの温泉宿にとまっている奴がどうもおかしいと多吉が云うので、わた
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