その後お此と婚礼の約束をしたものは、まだ結納《ゆいのう》の取りかわせも済まないうちに、どれもみな変死を遂げたのである。それが最初から数えると四人で、しかも最後の男は十九の年に乱心して、自分の家の物置で首をくくって死んだ。こういう不思議な廻りあわせがお此を縁遠くしてしまったので、ほかには何の仔細もない。しかし世間の口はうるさいもので、それらの事情を知っているものはお此には一種の祟《たた》りがあると云い、事情を知らないものはお此が轆轤首《ろくろくび》であるとか、行燈《あんどん》の油をなめるとか云い触らすので、さなきだに縁遠い彼女をいよいよと廃《すた》りものにしてしまったのである。
 そのなかでも最も多数の人に信じられているのは、彼女が弁天様の申し子であるという説で、弁天娘のあだ名はそれから作られたのであった。山城屋の夫婦はいつまでも子のないのを悲しんで、近所の不忍《しのばず》の弁天堂に三七日《さんしちにち》のあいだ日参《にっさん》して、初めて儲けたのがお此であった。弁天様から授けられた子であるから、やはり弁天様と同じようにいつまでも独り身でいなければならない。それが男を求めようとするために
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