、弁天様の嫉妬の怒りに触れて、相手の男はことごとく亡ぼされてしまうのであるというので、弁天娘の美しそうな異名《いみょう》も彼女に取っては恐ろしい呪《のろ》いの名であった。
 よもやとそれを打ち消す人たちも、お此が弁天様の申し子であるという事実を否認するわけには行かなかった。で、弁天堂へ日参をはじめてから、山城屋の女房が懐胎してお此をうみ落したのは事実であると、利兵衛は云った。
「なにしろ困ったものでございます」と、彼は語り終って溜息をついた。「香花《こうはな》茶の湯から琴三味線の遊芸まで、みな一と通りは心得ていますし、容貌《きりょう》はよし、生まれ付きおとなしく、まず申し分はないのでございますが、右の一件でどうにもなりません。明けてもう二十七になります。ひとり娘ではあり、そういう訳でございますから、親たちもひとしお不憫《ふびん》が加わりまして、それはそれは大切に可愛がっているのでございます。それでも当人は人出入りの多い店の方にいるのを忌《いや》がりまして、この頃では裏の隠居所の方に引っ込んで、今年八十一になります女隠居と二人で暮らしております」
「その隠居所には、隠居さんと娘のほかに誰
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