んが殺したなぞとは実に飛んでもないことで……。けさほど宿許《やどもと》から徳蔵がまいりまして、仏の遣言というのを楯《たて》に取って、どうも面倒なことを申します」
「その徳蔵というのは親父ですかえ」
「いえ、徳次郎の兄でございます。親父もおふくろもとうに歿しまして、只今では兄の徳蔵……たしか二十五だと聞いております。それが家の方をやっているのでございます。ふだんは正直でおとなしい男ですが、きょうは人間がまるで変ったようでございまして、いくら主人の娘でも無暗《むやみ》に奉公人を殺して済むかというような、ひどい権幕《けんまく》の掛け合いに、主人方でも持て余して居ります。唯今も申し上げる通り、手前の方に居ります時には、ちっとも口の利《き》けなかった病人が、家へ帰ってからどうしてそんなことを云いましたか、どうもそこが胡乱《うろん》なのでございますが、徳蔵は確かにそう云ったと申します。いわば水かけ論で、こちちではあくまでも知らないと突き放してしまえば、まあそれまでのようなものでございますが、なにぶんにも世間の外聞もございますので、手前共が気を痛めて居ります」
「お察し申します」と、半七はうなずいた
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