ょう》の徳蔵という魚屋《さかなや》で、ふだんから至極|実体《じってい》な人間でございます。ところが、宿へ帰りましてから徳次郎の模様がいよいよ悪くなりまして、とうとうきのうの八ツ頃(午後二時)に息を引き取ったそうで、まことに可哀そうなことを致しました。それもまあ寿命《じゅみょう》なら致し方ないのでございますが、当人がいよいよ息を引き取ります時、廻らない舌で何か申しましたそうで……」云いかけて、利兵衛はまた躊躇した。
「どんなことを云ったんです」と、半七は追いかけて訊《き》いた。
「それがお前さん。徳次郎が死にぎわに、わたしは店のお此《この》さんに殺されたのだと申したそうで……」と、利兵衛は小声で答えた。
 お此というのは、山城屋のひとり娘で、町内でも評判の容貌《きりょう》好しであるが、どういうわけか縁遠くて、二十六七になるまで白歯《しらは》の生娘《きむすめ》であった。それがために兎角よくない噂が生み出されて、お此は弁天娘というあだ名で呼ばれていた。しかもそれが普通に用いられる善い意味ではないので、山城屋の親たちもよほどそれを苦に病んでいるらしかった。それらの事情は半七もかねて知っていたが
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