と、すぐに寝床へころげ込んで、あしたの朝まで正体も無しに寝てしまった。
 眼のさめたのは五ツ頃(午前八時)で、あさ日はうららかに窓から覗いていた。まぶしい眼をこすりながら、枕もとの煙草盆を引きよせて一服すっていると、その寝込みを襲って来たのは子分の善八であった。
「親分、知っていますかえ。いや、この体《てい》たらくじゃあ、まだ知んなさるめえ。ゆうべ本所で人殺しがありました」
「本所はどこだ。吉良の屋敷じゃあるめえ」
「わるく洒落《しゃれ》ちゃあいけねえ。相生町の二丁目の魚屋だ」
「相生町の魚屋……。徳蔵か」
「よく知っていなさるね」と、善八は眼を丸くした。「夢でも見なすったかえ」
「むむ。きのう浅草のお祭りへ行って、よく拝んで来たので、三社様が夢枕に立ってお告げがあった。下手人《げしゅにん》はまだ判らねえか。嬶《かかあ》はどうしている」
「かかあは無事です。きのうの夕方、弟のとむれえを出して、家《うち》じゅうががっかりして寝込んでいるところへはいって来て、あつまっている香奠を引っさらって行こうとした奴を、徳蔵が眼をさまして取っ捉《つか》まえようとすると、そいつが店にある鰺《あじ》切りで
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