なにしろ花時ですから不安心ですよ」
 半分あけてある窓の間から、半七はうす明るくなった空をながめると、利兵衛は少しもじもじしていた。
「では、これから浅草へお出かけになるのでございますか」
「お祭りがことしはなかなか賑やかに出来たそうですからね。それに一軒呼ばれている家《うち》がありますから、まあちょいと顔出しをしなくっても悪かろうと思って……」と、半七は笑っていた。
「はあ、左様でございますか」
 利兵衛はやはりもじもじしながら煙草をのんでいた。それがなにやら仔細ありそうにも見えたので、半七の方から切り出した。
「番頭さん。なにか御用ですかえ」
「はい」と、利兵衛はやはり躊躇していた。「実は少々おねがい申したいことがあって出ましたのでございますが、お出さきのお邪魔をいたしては悪うございますから、夜分か明朝《みょうあさ》また出直して伺うことに致しましょうかと存じます」
「なに、構いませんよ。もともとお祭り見物で、一刻《いっとき》半刻をあらそう用じゃあないんですから、なんだか知らないが伺おうじゃありませんか。おまえさんも忙がしいからだで幾たびも出て来るのは迷惑でしょうから、遠慮なく話して
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