みつ》いでやったことは無かったそうです。つまり吝嗇《けち》なんでしょうね」
「そうすると、山城屋へ因縁《いんねん》を付けさせたのも、みんな女房の指尺《さしがね》なんですね」と、私は云った。
「無論そうです。亭主をけしかけて三百両まき上げさせようとしたのを、徳蔵が百両で折り合って来たもんですから、ひどく口惜しがって毒づいたんですが、もう仕方がありません。まあ泣き寝入りで、いよいよ葬式《とむらい》を出すことになってしまったんです」
「じゃあ、亭主を殺して、その百両を持って伝介と夫婦になるつもりだったんですね」
「と、まあ誰でも思いましょう」と、老人はほほえんだ。「わたくしも最初はそう思っていたんですが、伝介をしめ上げてとうとう白状させると、それが少し違っているんです。伝介はたしかにお留と関係していましたが、今もいう通り、何一つ貢いで貰うどころか、あべこべに何とか彼《か》とか名をつけて、幾らかずつお留に絞り取られていたんだそうです。そんなわけですから、今度の亭主殺しもお留の一存で、伝介はなんにも係り合いのないことがわかりました」
「なるほど、それは少し案外でしたね」
「案外でしたよ。それならお留がなぜ亭主を殺したかというと、山城屋から受け取った百両の金が欲しかったからです。亭主のものは女房の物で、どっちがどうでもよさそうなものですが、そこがお留の変ったところで、どうしてもその金を自分の物にしたかったんです。それでも初めからさすがに亭主を殺す料簡はなく、亭主の寝息をうかがってそっと盗み出して、台所の床下へかくして置いて、よそから泥坊がはいったように誤魔化すつもりだったのを、徳蔵に見つけられてしまったんです。それでも女房がすぐにあやまれば、又なんとか無事に納まったんでしょうが、お留は一旦自分の手につかんだ金をどうしても放したくないので、いきなり店にある鰺切り庖丁を持ち出して、半分は夢中で亭主を二カ所も斬ってしまった。いや、実におそろしい奴で、こんな女に出逢ってはたまりません」
「それでもお留は素直《すなお》に白状したんですね」
「自身番から帰って来たところをつかまえて詮議すると、初めは勿論しら[#「しら」に傍点]を切っていましたが、蠑螺の殻と金包みとをつきつけられて、一も二もなく恐れ入りました。よそからはいった賊ならば、その金を持って逃げる筈。わざわざ貝殻なんぞへ押し込んで行くわけがありません。おまけに包み紙に残っている指のあとが、お留の指とぴったり合っているんですから、動きが取れません。亭主を殺したどたばた[#「どたばた」に傍点]騒ぎで、隣りの足袋屋が起きて来たので、お留は手に持っているその金の隠し場に困って、店の貝殻へあわてて押し込んだのが運の尽きでした。当人の白状によると、徳蔵を殺したあとで一方の伝介と夫婦になる気でもなく、かねて貯えてある六、七両の金とその百両とを持って、故郷の名古屋へ帰って金貸しでもするつもりだったそうです。そうなると、色男の伝介も置き去りを食うわけで、命を取られないのが仕合わせだったかも知れませんよ。お留は無論重罪ですから、引き廻しの上、千住で磔刑《はりつけ》にかけられました」
 これで魚屋の方の問題は解決したが、まだ私の気にかかっているのは山城屋の娘の一件であった。一方にこうした重罪犯を出した以上、その百両の金の出所も当然吟味されなければなるまい。ひいては山城屋の秘密も暴露されなければなるまい。それについて半七老人の説明を求めると、老人はしずかに答えた。
「山城屋は気の毒でした。折角無事に済ませたものを、この騒ぎのために何もかもばれ[#「ばれ」に傍点]てしまいました。お此はそれについて勿論吟味をうけることになりましたが、小僧の一件はすべてわたくしの鑑定通りで、下手人には取られずにまず事済みになりましたが、もうこうなったらいよいよ縁遠くなって、婿も嫁もあったもんじゃありません。山城屋でもあきらめて、番頭の利兵衛に因果をふくめて、無理に婿になって貰うことにしました。利兵衛もいろいろ断わったのですが、主人の方からわたくしの方へ頼んで来まして、利兵衛を或るところへ呼んで、主人は手を下げないばかりに頼み、わたくしもそばから口を添えて、どうにかまあ納得《なっとく》させたんです。娘も案外素直に承知して、とどこおりなく祝言《しゅうげん》の式もすませ、夫婦仲も至極むつまじいので、まあよかったと主人も安心し、わたくしも蔭ながら喜んでいましたが、そのあくる年に娘は死にました」
「病死ですか」と、私はすぐに訊き返した。
「いいえ、なんでも六月頃でしたろうか、ある晩そっと家《うち》をぬけ出して不忍の池へ身を投げたんです。死骸が見付からないなんていうのは嘘で、蓮《はす》のあいだに浮きあがった死骸はたしかに山城屋で引き取りました。いっそ
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