ください」
「お差し支えございますまいか」
「ちっとも構いません。いったいどんな御用です。なにか御商売上のことですか」と、半七は催促するように訊《き》いた。
いつの時代でも、質物《しちもつ》渡世《とせい》は種々の犯罪事件とのがれぬ関係をもっているので、半七は今この番頭の仔細ありげな顔色を見て、それが何かの事件に絡《から》んでいるのではないかと直覚した。しかし利兵衛はまだ躊躇しているようで、すぐには口を切らなかった。
「番頭さん。ひどくむずかしいお話らしゅうござんすね」と、半七は冗談らしく笑った。「おまえさん、なにか粋事《いきごと》ですかえ。それだと少し辻番が違うが、まあお話しなさい。なんでも聴きますから」
「どういたしまして、御冗談を……」と、利兵衛は頭をおさえながら苦《にが》笑いをした。「そういう派手なお話だと宜しいのでございますが、御承知のとおり野暮な人間でございまして……。いえ、実は親分さん。ほかのことではございませんが、少々お知恵を拝借したいと存じまして……。お忙がしいところを甚だ御迷惑とも存じますので、手前もいろいろ考えたのでございますが……」
前置きばかりがとかく長いので、半七もすこし焦《じ》れて来た。かれは再び窓の方を見かえって、わざとらしく吸いさしの煙管《きせる》をぽんぽんと強く叩くと、その音におびやかされたように、利兵衛は容《かたち》をあらためた。
「親分さん。手前はとかく口下手《くちべた》で困りますので……。まあ、お聴きください。手前自身のことではございませんので、実は主人の店に少々面倒なことが起りまして……」
「ふむ。お店でどうしました」
「御存じかどうか知りませんが、主人の店に徳次郎という小僧がございます。ことし十六で、近いうちに前髪を取ることになって居ります。それが何だか判らないような病気で、きのう亡くなりましたのでございます」
「やれ、やれ、可哀そうに……。どんな小僧さんだかよく覚えていないが、なにしろ十五や十六で死んじゃ気の毒だ。ところで、それがどうかしたんですかえ」
「徳次郎は半月ほど前から、急に口中が腫れふさがりまして口を利《き》くことが出来なくなりました。出入りの医者に手当をして貰いましたが、だんだん悪くなりますばかりで、よんどころなく駕籠に乗せまして、ひとまず宿《やど》へ下げましたのでございます。宿は本所|相生町《あいおいち
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