、おまきさんも仕合わせ者だ」
子供運のないのを悔んでいたおまきが、今では却って近所の人達から羨まれるようになった。七之助は魚商《さかなや》で、盤台をかついで毎日方々の得意先を売りあるいていたが、今年|二十歳《はたち》になる若いものが見得も振りもかまわずに真っ黒になって稼いでいるので、棒手振《ぼてエふ》りの小商いながらもひどい不自由をすることもなくて、母子《おやこ》ふたりが水いらずで仲よく暮していた。親孝行ばかりでなく、七之助は気のあらい稼業に似合わない、おとなしい素直な質《たち》で、近所の人達にも可愛がられていた。
それに引き替えて、母のおまきは近所の評判がだんだんに悪くなった。彼女は別に人から憎まれるような悪い事をしなかったが、人に嫌われるような一つの癖をもっていた。おまきは若いときから猫が好きであったが、それが年をとるにつれていよいよ烈しくなって、この頃では親猫子猫あわせて十五六匹を飼っていた。勿論、猫を飼うのは彼女の自由で、誰もあらためて苦情をいうべき理由をもたなかった。そのたくさんの猫が狭い家いっぱいに群がっているのが、見る人の目には薄気味の悪いような一種不快の感をあたえる
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