#「ぞっ」に傍点]としました」
 恐怖におののいている其の声にも顔色にも、詐りを包んでいるらしくないのは、多年の経験で半七にもよく判った。かれも釣り込まれてまじめになった。
「じゃあ、おまえもここの婆さんが猫になったのを見たのか」
 確かに見たとお初は云った。
「それがこういう訳なんです。おまきさんの家に猫がたくさん飼ってある時分には、その猫に喰べさせるんだと云って、七之助さんは商売物のお魚《さかな》を毎日幾|尾《ひき》ずつか残して、家へ帰っていたんです。そのうちに猫はみんな芝浦の海へほうり込まれてしまって、家には一匹もいなくなったんですけれど、おふくろさんはやっぱり今まで通りに魚を持って帰れと云うんだそうです。七之助さんはおとなしいから何でも素直にあいあいと云っていたんですけれど、良人《うちのひと》がそれを聞きまして、そんな馬鹿な話はない、家にいもしない猫に高価《たか》い魚をたくさん持って来るには及ばないから、もう止した方がいいと七之助さんに意見しました」
「おふくろはその魚をどうしたんだろう」
「それは七之助さんにも判らないんだそうです。なんでも台所の戸棚のなかへ入れて置くと、あし
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