《くら》まそうという魂胆であった。その秘密の仕事を請け負った二人に対して、奥様の手もとからは二十五両の金包みが下がったのであるが、狡猾な平助はまずそのうちから十五両を天引きにしてしまって、残りの十両を又蔵と二人で山分けにしたのであった。
「これだけの仕置《しおき》をさしておいて、二人あたまに十両はひどい」と、又蔵は不平らしく云った。
「でも仕方がねえ。大根《おおね》は貴様から起ったことだ」と、平助はなだめた。
それでも又蔵は平助の着服をうすうす察しているので、いろいろの口実を作って後ねだりをしたが、彼よりも役者が一枚上であるだけに、平助は刎《は》ねつけて取り合わなかった。又蔵は忌々《いまいま》しいのと、一方には提重の女からいじめられる苦しさとで、だんだん強面《こわもて》に平助に迫るので、こちらもうるさくなって来た。
「なにしろ長屋でがあがあ云っちゃあ面倒だ。今夜お堀端で逢うことにしよう」
二人は日の暮れるのを合図に堀端で出逢った。その結果はかの掴み合いになったのである。半七はそれから又蔵をだまして近所の小料理屋の二階へ連れ込んで、カマをかけて訊いてみると、又蔵は口惜しまぎれに何もかもべらべらとしゃべってしまった。
「まあ、こういう訳なんでございますから、どうかその思召《おぼしめ》しで……」と、半七は云った。
「なにしろ奥様も御承知のことですから、あまり荒立てると又面倒でございましょう。なんとかあなたのお取り計らいで、そこを円く済みますように……」
「いや、いろいろ有難うござった」と、角右衛門は夢の醒めたようにほっ[#「ほっ」に傍点]と息をついた。「それで何もかもわかりました。就いてはあとの始末でござるが、どういうふうに取り計らうのが一番|穏便《おんびん》でござろうかな」
相談をかけられて、槇原もかんがえた。
「さあ、やはり神隠しでしょうかな」
この秘密を主人の耳に入れるのは良くない。どこまでも奥方の計画を成就させて、神隠しとして万事をあいまいのうちに葬ってしまう方がむしろ御家の為であろうと、槇原は注意した。
「成程」
角右衛門は厚く礼を述べて帰った。それから三日ほど経って、かれは相当の礼物をたずさえて槇原の屋敷へたずね来て、若殿大三郎殿は無事に戻られたと報告した。
「では、杉野の主人は結局なんにも知らずにしまったのですか」と、わたしは訊いた。
「やはり神隠しということになってしまったのでしょう」と、半七老人は云った。「しかし用人や山崎に睨まれて、又蔵はどうも居ごこちが悪くなったと見えて、なにか屋敷の物を持ち出して、提重のお安という女と駈け落ちをしてしまったそうですよ」
「山崎の方は無事に勤めていたんですか」
「それがね。なんでも一年ばかり経ってから、主人に手討ちにされたということです」
「神隠しの秘密が露顕したんですか」
「そればかりじゃありますまい」と、半七老人は苦笑いをした。「旗本屋敷の渡り奉公なんぞしている者はどうも悪い奴が多うござんすからね。こいつらに弱味を掴まれて、執念ぶかく食い込まれると、飛んだことになりますよ。山崎は手討ちになって、奥様は里へ帰されたそうです。子ゆえの闇から悪い奴に魅《み》こまれて、奥様も一生日蔭の身になってしまったんです。考えてみると可哀そうじゃありませんか」
「そうすると、朝顔は息子より阿母《おっか》さんに祟《たた》った訳ですかね」
「そうかも知れません。その屋敷は維新後まで残っていましたが、いつの間にか取り毀《こわ》されてしまって、今じゃ細かい貸家がたくさん建っています」
底本:「時代推理小説 半七捕物帳(一)」光文社文庫、光文社
1985(昭和60)年11月20日初版1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:曽我部真弓
1999年8月28日公開
2004年2月29日修正
青空文庫作成ファイル:
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