は山崎さんではないかと訊くと、彼はそうだと答えた。それでもまだ不安らしい眼の色をやわらげないで、彼は自分と向い合っている岡っ引の顔をきっと見つめていた。
「若殿様のゆくえはまだちっとも御心当りはございませんか」
「一向に手がかりがないので困っています」と、平助は詞《ことば》すくなに答えた。
「神隠しとでも云うんじゃございますまいか」
「さあ、そんなことが無いとも限らない」
「そういうことだと、とても手の着けようもありませんが、ほかにはなんにも心当りはないんでしょうか」
「なんにもありません」
半七は畳みかけて二つ三つの問いを出したが、平助はとかくに木で鼻をくくるような挨拶をして、努めて相手との問答を避けているらしい素振りが見えた。用人の角右衛門は頭を下げてくれぐれも半七に頼んだのである。まして自分は当の責任者である以上、平助は猶更にこの半七を味方と頼んで、万事の相談や打ち合わせを自分から進めそうなものであるのに、彼はいつまでも油断しないような眼付きをして、なるべく口数をきかないように努めているのは何故であろう。それが半七には判らなかった。まかり間違えば腹切り道具のこの事件に対して、彼がこんなに冷淡に構えているのを、半七は不思議に思いながら、もう一度この男の顔を見直した。
平助は二十六七の、どちらかと云えば小作りの、色の白い、眼付きの涼しい、屋敷勤めの中小姓などには有り勝ちの、いかにも小賢《こざか》しげな人物であって、自分の供をして出た主人を見失って、それで平気で済ましていられるような鈍《にぶ》い人間でないことは、多年の経験上、半七には一と目で判っていた。それだけに半七の不審はいよいよ募って来た。
「今も申し上げました通り、もし本当の神隠しならば格別、さもなければきっとわたくしが探し出して御覧に入れますから、まあ御安心くださいまし」と、半七は捜索《さぐり》を入れるようにきっぱりとこう云い切った。
「では、なにかお心当りでもありますか」と、平助は訊き返した。
「さあ、さし当りこうという目星も付きませんが、わたくしも多年御用を勤めて居りますから、まあ何とか致しましょう。生きているものならきっと何処かで見付かります」
「そうでしょうか」と、平助はまだ打ち解けないような眼をしていた。
「これからどちらへ……」
「どこという的《あて》もないが、ともかくも江戸じゅうを毎日歩い
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