べられねえから一緒に来い」
 彼はお元の手をつかんで引っ立てて行こうとすると、奥から五十ばかりの女があわてて出て来て半七の袖にすがった。彼女はお元の母のお石であった。
「親分さん。どうぞお待ちくださいまし。わたくしから何もかも申し上げますから、どうぞ此女《これ》はお赦しねがいます」
「正直に云えば上《かみ》にもお慈悲はある」と、半七は云った。
「実はその政吉はわたくしの甥で、瓦職人をいたして居ります。この娘と行くゆくは一緒にするという約束もございましたが、いろいろの都合がありまして、娘も唯今では他人《ひと》さまのお世話になって居りますような訳でございます。その政吉が昨晩たずねてまいりまして、娘やわたくしと火鉢の前で話して居りまして……。実のところ、下谷の旦那はなかなか吝《しま》っていらっしゃる方で、月々の極めた物のほかには一文も余計に下さらないもんですから、この寒空にむかってほんとうに困ってしまうと、娘やわたくしが愚痴をこぼして居りますところへ、丁度に旦那がおいでになりまして、外で其の話をお聴きになったのですか、それとも政吉がいたのを妙にお取りになったものですか、門口《かどぐち》で少し
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