、十右衛門の懐中に五十両の金をもっているのを知って、あとから尾《つ》けて来て強奪したのであろう。役人たちの鑑定は皆それに一致した。半七もそう考えるよりほかはなかった。併し金がないというだけのことで、すぐにお元を疑うわけにも行かなかった。かれは途中で取り落したかも知れない。よもやとは思っても、駕籠のなかに置き忘れて来たかも知れない。ともかくも中の郷へ行って、そのお元という女の身許を十分に洗った上のことだと半七は思った。
彼はそれからすぐに自身番を出て、十右衛門の疵の手当てをしたという医師をたずねた。そうしてその疵の痕について彼の鑑定を訊きだしたが、医師には確かなことは判らないらしかった。鋭い爪で茨掻《ばらが》きに引っ掻きまわしたのか、あるいは鈍刀《なまくら》の小さい刃物で滅多やたらに突き斬ったのか、その辺はよく判らないとのことであった。殊にこうした刑事問題に対しては後日《ごにち》の面倒を恐れて何事もはっきりとは云い切らない傾きがあるので、半七も要領を得ずに引き取った。
「今日《こんにち》ならば訳のないことなんですがね、昔はこれだから困りましたよ」と、半七老人はここで註を入れて説明した。
前へ
次へ
全40ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング