て見た上で、又なんとか分別を付けようと思って、遠い砂村までわざわざ踏み出してみると、やっぱり無駄足にはならねえで、なんの苦もなしに突き当ててしまったんだ。考えてみれば拾い物よ。そのお蝶とかいう娘が、どこかでおふくろにはぐれてしまって、うす暗い処をうろうろしていると、大きな鷲が不意に降りてきて、帯か襟っ首を引っ掴んで宙へ高く舞い上がったに相違ねえ。八郎兵衛新田から十万坪のあたりは人家は少なし、隣りは細川の下屋敷と来ているんだから、誰も見つけた物がねえ。殊にうす暗い時刻ならば猶更のことで、鳥の羽音もなんにも聞いた者はあるめえ。それからどうしたか勿論わからねえが、娘は驚いて気を失ってしまって、もう泣き声も立てなかったんだろう。鷲の奴めも引っ掴んでは見たものの、どうにもしようがねえもんだから、そこら中を飛びあるいて、しまいには掴んだものを宙からほうり出すと、それが丁度に黒沼の屋敷の上に落ちたというわけだろう。早く見付けて手当てをしたらば、運よく蘇生《よみがえ》ったかも知れなかったが、明くる朝までそのまま打っちゃって置いたんだからもう助からねえ。ほんとうに飛んでもねえ災難で、先の長げえ者を可哀そうなことをしたよ。しかしまあ、死んだ者は仕方がねえから、早くその親たちに知らしてやって、諦めさせるのが肝腎だ。今の話の様子じゃあ、それから又いろいろな面倒が起って、若いおふくろまでがなんぞの間違いでも仕出来《しでか》さねえとも限らねえ。死んだ者より、生きたものを助ける工夫が大切だから、これからすぐに木場へまわって、この訳をよく云い聞かせてやらなけりゃあならねえ」
「そりゃあそうです」と、庄太もすぐに同意した。「子供はまだ三歳《みっつ》や四歳《よっつ》じゃあどうにもならねえが、そのおふくろというのはまだ十九だそうだから、間違いがあっちゃあ可哀そうだ」
「若い女房だと思って贔屓をするな」と、半七は笑った。「そんなこと云っていると、今度はてめえが鷲に引っさらわれるぞ」
「おどかしちゃいけねえ。急に薄っ暗くなって来た」
 二人は薄暗い川端をたどって、筏《いかだ》の浮かんでいる木場の町へ足を早めた。

「大体の話はまずこうです」と、半七老人は云った。「その途中で、女房の身を投げるところでも抱き止めれば芝居がかりになるのですが、実録じゃあそう巧くは行きませんよ。はははははは。ともかくも木場へ行って
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