とも兄妹の人情というのでしょうか、まだふところに金のある間に自分の菩提寺へ久し振りでたずねて行って、妹の回向料の積りで何となしに五両の金を納めて行ったんです。それから草加《そうか》の在の方へ行って、ひと月ばかり隠れていたんですが、江戸者が麦飯を食っちゃあいられませんから、又こっそりと江戸へ帰って来て、お時から幾らかずつの小遣い[#「小遣い」は底本では「小遺い」]を強請《いたぶ》って、そこらをうろ付いているうちに、田町の重兵衛に眼をつけられて、お時と情交《わけ》のあることも知れてしまったんです。重兵衛は自分の縄張り内ですから辰伊勢に引き合いを付けるのも気の毒だと思って、早くお暇を出してしまえと内々で教えてやったんですが、それが却って仇となって……」
「お時は素直に出て行かなかったんですか」
「そりゃあ素直に動きませんや。永太郎と誰袖の急所を掴んでいるんですもの、ここで少なくも二百と三百と纒まった金を貰わなければ、おとなしく出て行くわけにはゆかないと云って、しきりに二人をおどかしていたんですが、永太郎も部屋住みの身の上で、とてもそんな金が出来る筈はなし、誰袖もこれまでに度々お時に強請《ゆす
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