まって、しずかにこう云い出した。
「そこで、師匠。云うまでもねえこったが、その千次郎という息子は早く探し出さなけりゃあ困るんだろうね」
「ええ。一日でも早い方がいいんです。くどくも申す通り、おっかさんがひどく心配しているんですから」と、お登久はすがるように頼んだ。うす化粧をした彼女の顔に、不安の暗い影がありありと浮かんでいた。
「じゃあ、もう少し深入りして訊きてえことがあるんだが、師匠はどうせここへはいるつもりなんだろうから、おれ達も附き合ってもう一度引っ返そうじゃねえか」
「でも、それじゃあんまりお気の毒ですから」
「なに、構わねえ。さあ、おれが案内者になるぜ」
 半七は先に立って、茗荷屋へ再びはいった。好い加減に酒や肴をあつらえて、お登久と妹に飯を食わせてやったが、やがて時分を見て彼はお登久を別の小座敷へ連れて行った。
「ほかじゃあねえが、今の古着屋の息子の一件だが……。おめえも俺にたのむ以上は、なにもかも打明けてくれねえじゃあ、どうも水っぽくて仕事がしにくいんだが……」
 にやにや笑いながらその顔をのぞき込まれて、お登久は少し酔っている顔をいよいよ紅くした。彼女は小菊の紙でくちび
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