発見された。その帯の持主は、市ヶ谷|合羽坂《かっぱざか》下の酒屋の裏に住んでいるおみよ[#「みよ」に傍点]という美しい娘で、おみよは何者にか絞め殺されているのであった。そう判ると、又その評判が大きくなった。
おみよは今年十八で、おちか[#「ちか」に傍点]という阿母《おふくろ》と二人で、この裏長屋にしもたや[#「しもたや」に傍点]暮しをしていた。長屋といっても、寄付きをあわせて四間ほどの小綺麗な家で、ことに阿母は近所でも評判の綺麗好きというので、格子などはいつもぴかぴか光っていた。併しこの母子《おやこ》が誰の仕送りで、こうして小綺麗に暮しているのか、それは近所の人達にもよく判らなかった。おみよの兄という人が下町《したまち》のある大店《おおだな》に勤めていて、その兄の方から月々の仕送りを受けているのだと母のおちかは吹聴《ふいちょう》していたが、その兄らしい人が曾《かつ》て出入りをしたこともないので、近所ではそれを信用しなかった。おみよは内証で旦那取りをしているらしいという噂が立った。おみよの容貌《きりょう》が好いだけに、そういう疑いのかかるのも無理はなかったが、母子は別にそれを気にも止めないふうで、近所の人達とは仲よく附き合っていた。
帯取りの池におみよの帯が浮かんでいた其の前の日の朝、この母子は練馬の方の親類に不幸があって、泊りがけでその手伝いに行かなければならないと云って、近所の人達に留守を頼んで出て行った。表の戸には錠をおろして行ったので、誰も内を覗いて見る人もなかったが、それからあしかけ四日目に阿母が一人で帰って来た。両隣りの人に挨拶して、やがて格子をあけてはいったかと思うと、たちまち泣き声をあげて転《ころ》げ出して来た。
「おみよが死んでいます。皆さん、早く来てください」
近所の人達もおどろいて駈け付けると、娘のおみよは奥の六畳間に仰向けさまに倒れていた。それを聞いて家主も駈け付けた。やがて医師も来た。医師の診断によると、おみよは何者かに絞め殺されたのであった。更に不思議なことは、おみよは阿母と一緒に家を出た時と同じ服装《みなり》をしているにも拘らず、その麻の葉の帯が見えなかった。彼女をまず絞め殺して置いて、それからその死体を適当の位置に据え直して行ったことは、その死にざまのちっとも取り乱していないのを見てもさとられた。
「おみよさんがいつの間に帰って来
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