。お蝶どのををすぐこれへ」
凛とした声できめ付けられて、お亀はいよいようろたえていると、女は袱紗《ふくさ》につつんで来た小判のつつみを出して、うす暗い行燈の前へ二つならべた。
「御約束の御手当ては二百両、封のままで唯今お渡し申します。さあ、どうぞ娘御をこれへ」
「は、はい」
「あくまでも御不承知か。お役目首尾よく相勤めませねば、わたくし此の場で自害でもいたさねば相成りませぬ」
彼女は更に帯のあいだから袋に入れた懐剣のようなものを把《と》り出して見せた。その鋭い瞳《ひとみ》のひかりに射られて、お亀は蒼くなってふるえ出した。掛け合いはもう手詰めになって来た。
「あの女はおまえ識っているか」と、半七は小声でお蝶にきくと、お蝶は無言で首を振った。半七はすこし考えていたが、やがて三畳から台所へ這い出して、水口《みずぐち》からそっと表へぬけた。
路地のそとは月が明るかった。角から四、五軒さきの質屋の土蔵のまえには、一挺の駕籠が下ろされて、そこには二人の駕籠舁《かごかき》と先刻の武士らしい男が立っていた。半七はそれを見とどけて、今度は表の格子からはいって来た。そうして、黙って女のまえに坐った。
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