を取りまかれて、お蝶は庭下駄をはいて広い庭に降りた。植込みの間をくぐってゆくと、そこには物凄いような大きい池が青い水草を一面にうかべて、みぎわには青い芒《すすき》や葦が伸びていた。この古池の底には大きい鯰《なまず》の主《ぬし》が住んでいると、一人の女が教えてくれたのでお蝶はぞっ[#「ぞっ」に傍点]とした。
「しッ」と、例の女が急に注意をあたえた。「池の方を見ておいでなさい。傍視《わきみ》をしてはなりませぬぞ」
 何者かが何処かで自分を窺っているのだと気がついて、お蝶も急に身を固くした。主のひそんでいるという恐ろしい池を覗いたままで、彼女はしばらく突っ立っていると、やがてその警戒も解けたらしく、女たちはまた打ちくつろいでしずかにあるき出した。
 もとの座敷へ戻ると、お喋はまた一刻《いっとき》ばかりの休息をあたえられた。女たちは草双紙などを持って来て貸してくれた。午飯がすむと、一人の女が来て琴をひいた。六月はじめの暑い日に、決して縁側の障子をあけることは許されなかった。襖も無論に閉め切ってあった。お蝶は体《てい》の好い座敷牢のようなありさまで長い日を暮した。夕方になると、ゆうべの通りに湯殿
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