》格子のあいだからそれをそっと転がし込んで、自分は土のうえに平蜘蛛《ひらぐも》のように俯伏していた。彼は一生懸命に息を殺していた。
 半七は空家に腰をかけてしばらく待っていたが、権太郎からは何の報告もないので、彼は待ちあぐんでそっと出て行った。
「おい、権太、なんにも当りはねえか」と、半七は小声で訊くと、権太郎は俯伏していた首をあげて、それを左右に振った。半七は失望した。
 霰はまた音をたてて降って来たので、半七はあわてて手拭をかぶって、あられに打たれておとなしく俯伏している権太郎を見るに忍びないので、彼はこっちへ来いと頤《あご》で招くと、権太郎はそっと這い起きて戻って来た。
「稲荷さまのなかでなんにも音がしねえか。がたりともいわねえか」と、半七はまた訊いた。
「むむ、がたりともごそりともいわねえよ。どうもなんにも居ねえらしい」と、権太郎は失望したようにささやいた。二人は元の空家へはいった。
「お前まだ蜜柑を持っているか」
 権太郎は袂から三つばかりの蜜柑を出した。半七はそれを受け取って、自分のうしろの障子を音のしないようにするりとあけた。入口は二畳で、その傍《そば》に三畳ぐらいの女中
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